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手作り腕時計SAZANCAとは?

SAZANCAの誕生ヒストリー > 名前・ロゴの由来


1、SAZANCAの誕生ヒストリー

手作り腕時計SAZANCA

SAZANCAとは?

ここではSAZANCAがどう誕生したのかをお話しいたします。
SAZANCAの前身はオリジナルジュエリー販売のRadiance

現在は名前が変わっていますが、新宿にあった三越に店舗を構えておりました。
またPARCOにも店舗出店。

当時はオリジナルと言っても、製造は外注にて製作。
デザインと販売だけを当社で行っておりました。

創業者(以下私)はどうしてSAZANCAを発足したのか?
それはずいぶんと遡ります。
私の経歴を話すことが一番わかりやすいのではないかと思います。
私が初めて仕事をしたと言える仕事。
それは高校時代から初めた芸能活動。
私がしていた活動は主に企業モデル。

企業モデルというと、どんな仕事かわからない人、いますよね。
どんな仕事をしていたのか?

例えば、テレビコマーシャルなんかで映ってる人いますよね?
まさにそれです。
また、ファッション雑誌以外の製品を紹介している人や、某テーマパークのイメージモデルなどをしていました。
幅広く活動をしていたので、もしかしたらあのCMやあの看板、あの雑誌でご覧いただいた方もいるかもしれません。
活動後期、私が大学を卒業したての頃は、ドラマや映画に少し出演したりもしたので、クレジット表記で私のことを見た方もいるかもしれません。

大学は文系の大学に進学。
浪人も留年もせず、4年で卒業しました。

この大学時代、私がSAZANCAを発足させる出来事に遭遇したのです。

 

大学1年2年は普通に大学生活を過ごしていました。
もちろん、芸能活動をしていました。
でも、学業と恋愛、友達。それがメインに過ごしていたのではないかと思います。
恋人と旅行に行ったり、友達と夜な夜な遊んだり。
たまに学校をサボって井の頭公園に行ったり(笑)
自分たちでフットサルサークルを作り、オリジナルのユニフォームを作ったり。
そんなどこにでもある青春、19歳、20歳を過ごしていました。

きっかけは21歳の時、これからの活動に不安を覚えました。
おまけに大学3年生の時。
そうです。
進路を決めなければならない時期。
就職です。
モデル活動はしていましたが、その道で生きて行くのはとても不安。
友人に、現在は東京ドームを満員にするアイドルもいます。
でも、その友人もまだ売れない時はとても苦労していました。
将来の不安を二人で居酒屋で語り、一緒に将来仕事するかなど話したこともあります。
二人で人生の先輩たちに話を聞きに行ったこともありました。

人生の選択をしていかなければならないそんな21歳。
私は、仕事で知り合った某テレビ局の方に時間を作ってもらい、その人のお宅にお邪魔することになりました。
その方は、ベンチャーの設立を何社もしてきた凄腕の方。

ちょうどその方が新しいベンチャーに参加するという時期でした。
私の話を真剣に聞いてくれ、最後に、「一緒にやってみる?」と言っていただきました。
就職説明会に参加しても、自分が行きたい業種もわからなかった私。
とにかくがむしゃらで頑張れることをしたかった。
その想いで、返事は「お願いします。」と言ってました。

そのベンチャーは某大手コーヒーショップの創業者がオーナーでこれから始まるベンチャー企業。
海外のとても人気のあるブランドのライセンスを取得し、日本で販売する総合代理店の設立という仕事でした。
私は大学は経営学部卒業です。
大学3年でのいきなりの経営の最前線での仕事。
スタートアップの時、スタッフはほとんどいませんでした。

この時、ベンチャーのスタートアップの大変さ、大切さを肌で感じ、それは今も生きています。
とにかくがむしゃらに頑張りました。
男としての自信をつけたくて、また人としての大きく成長したくて。
このブランド、アメリカではニューヨークの五番街などに旗艦店舗を構え、全米のノードストロームで販売したりしているブランドです。
日本では0からの販路確保。

とても大変だったのを今でも覚えていますが、それが今の糧になっています。
大晦日、仕事帰りに電車の中で年を越したこともありました。
結果、日本全国で販売をし、浦安にあるテーマパーク関連の企業とも契約をし、販売。
メディアにも大きく取り上げられ、国民的アイドルグループがイメージモデルになり、大きく成長しました。

しかし、販売していく上でどうしても拭えない心。
そのブランドは、アジア諸国で大量に製造し、アメリカ、日本、イギリス、オーストラリアに出荷していました。
文字通り、大量生産。
大量生産することで、製品は安価にでき、安価に販売できる。
でも、お客様からのクレームもあったのが事実。
改善を本国に促しても、結局は聞いてもらえない。
それが現実でした。

私は、大学卒業と同時にその会社を離れました。
オリジナルのもの作りたいと、独立。
独立してすぐ、オリジナルジュエリーを販売するSAZANCAの前身のブランドを作りました。
そして、三越・PARCOにて販売。

しかし、技術がなかった。
なので、製造は外注。
一点一点作ってもらうんですけど、結局は外注。
販売していて、やるせない気持ちが漂ってくる毎日。
オーダーメイドなんです。
一点一点違うんです。
でも、満足感が得られない。

そんな気持ちから、一度クローズを選択します。
自分の気持ちと、販売しているものがイコールで結ばれない。
その悔しさは今でもはっきり覚えています。

そんなとき、当時仕事がうまく行ったときに自分のご褒美として買った高い腕時計。
それが偶然地下鉄を乗っていた時、吊革に捕まった隣の男性と被ってしまったんです。
私は、その腕時計をそっと取り、ポケットにしまいました。
それが大きな転機でした。

その夜、世界に一つだけの腕時計を作ること出来ないのかといろいろ調べました。
必要な知識は4つ。

1:時計の知識
2:レザークラフトの知識
3:彫金の知識
4:レンズ製作の知識

この4つ

当時は多いと感じました。
「ダメだ~出来ない。」
そんな風にため息をついたのを覚えています。

どうしたら出来るのか?
まずは時計の本を買ってきました。
次にレザークラフトの初級者の本。
彫金は知人に聞いたり、文献を調べたり。
レンズが一番難しかったのを覚えています。
レンズは自力で考案しました。

近くのホームセンターに材料を買いに行き、工具をそろえ、いざ製作。
でもうまく行きません。
そこで、安い時計を買ってきて、ばらしてみて、中の構造を研究。
何度も何度も試行錯誤して、初めてできた時計は文字盤は安い腕時計をのものを使用したモノ。
時計のケース、ベルト、レンズ、裏蓋、バックルは何とか自力で完成しました。
当時は完成した時、とても嬉しかったです。
でも…今見るととても恥ずかしいモノ…。
その後、次に完成したのは文字盤も自分で製作できたものでした。
それも今見ると…
とても恥ずかしいモノです。
でも、当時は嬉しくて個人でやっていたブログにもアップしています。
出来は悪いですが、当時はとても嬉しかった。
毎日のように着けていました。

そして、そのブログ、評判がよかったんです。
それが嬉しくて、「手作りで腕時計を作ろう」そう誓いを立てました。
ただ、販売出来るレベルまでにクオリティーをあげるのに、ものすごく時間がかかりました。
ようやく販売出来るレベルになったのは、仕事の合間もあり、半年から一年経っていたかもしれません。
最初はインターネット販売のみ。
IT関連の仕事、実は大学生時代IT関連の企業にも籍を置いていたので、自力でシステムを構築し、完成させました。
もちろん、現在もそうです。
ちなみに、建設関連の資格もあるので、現在のアトリエのリフォームは自分で行いました(一部工務店に頼みました)。

販売を開始した月、ほとんど売れませんでした。
それもそのはず、広告を出していませんし、アプローチをかけたのはブログのみ。
当時はアクセスもほとんどなく、誰が見るのかっていう感じでした。
ただ、自分も技術を身に着けなればならなかったので、徐々に売れて行ったのがいいペースだったのではないかと思います。
スタートアップ時に売れすぎると、とんでもない失敗につながるのを経験しているので、身の丈にあったことをしていこうと思っていました。

実は過去に成功もしていますが、失敗もたくさんしています。
その失敗がSAZANCA発足時にとても活きました。
失敗を失敗のままにせず、失敗を挫折に変える。それがいかに大切なのかもこの時学びました。
徐々に売れ始め、とあるとき、地域のフリーペーパーに特集していただきました。
その後、アトリエを正式に構え、テレビに特集され、新聞、Yahooニュースなど幅広く全国にSAZANCAの存在を知っていただけるようになりました。
現在ではたくさんの人にSAZANCAを知っていただき、全国各地からご注文、また直接ご来店いただいております。
話を聞けば、飛行機や新幹線などでご来店いただき、またどこで知ったか海外からもお問い合わせをいただきます。

とても嬉しいことであり、その喜びを糧に更なる成長もしていかなければならないと強く思っております。
一人で始めたことなのに、世界にまで浸透する。そんなことが出来るのかという今でも不思議な気持ちになることもあります。
ただただ、深く感謝を申し上げます。

アトリエを構えた時、中には「こんなんで食べていけるの?」と厳しいお言葉をいただいたこともあります。
悔しい思いをしたこともあります。
でも、そのお言葉も、成長の糧とさせていただけたことに、深く感謝をしております。
多分、その厳しいお言葉があったから今があると思います。

これから先、また厳しいお言葉を頂戴するかもしれません。
でも、それは新しい成長の種。
その種を花開かせたいと思っています。
もちろん、褒められると伸びるタイプなので、褒めていただきたいですけどね(笑)

そして、2016年
船橋市公認ブランドとして、ふなばしセレクションに認証されました。
これまで、家族・友人たくさんの人に支えられました。
ですが、お客様の「頑張って!」「SAZANCAの腕時計が好きです!」
このお言葉を頂戴したから、これまで継続することが出来、船橋市公認ブランドとなることが出来たと思います。
SAZANCAに関わる全ての人に感謝を申し上げます。
ありがとうございました。

これがSAZANCA発足から今までの一連の流れです。
いろいろなことがありました。
これから先、どんなモノがSAZANCAから産み出されるかはわかりません。
でも、これだけは決めています。
「心躍るモノ・サービスの提供」
その理念に沿って、今後も活動してまいります。

今後ともSAZANCAをご愛顧いただきますよう、お願い申し上げます。

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